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歴史が息づく中山道・佐久の宿場町めぐり
こんにちは。プラザ佐久です。 佐久市には魅力的な場所がたくさんありますが、中でも「中山道6つの宿場」としても知られています。 小田井宿・岩村田宿・塩名田宿・八幡宿・望月宿・茂田井間の宿 今回は、今なお歴史の息吹を感じられる場所として知られている、この中山道6つの宿場についてご紹介させていただきます。 中山道とは? まずはじめに、中山道とは江戸時代に整備された五街道の一つで、京都と江戸を結ぶ全長約530kmの主要街道のことです。 東海道と並ぶ重要な幹線道路であり、内陸の山間部を越える難所が多かったことから、"山の道"とも呼ばれていたそうです。 中山道には69の宿場が設けられ、旅人たちが宿泊や休息を取るために利用しました。 そのうちの6か所、6つの宿場が佐久市内にあります。 1. 小田井宿(おたいしゅく) 江戸から見て、佐久市内にある最初の宿場が小田井宿(おたいしゅく)です。 佐久市東部に位置し、中山道の起点ともいえる場所です。小田井宿は中山道と小県郡方面に向かう別街道との分岐点に位置し、多くの旅人が行き交う交通の要衝として栄えました。 現在は佐久インターから北に位置しており、「小田井」という地名も残っています。ヤッホーブルーイング佐久醸造所やスキーガーデンパラダなどが近くにあり、御代田町が隣接しています。今なお宿場の風情を感じる街並みが残っており、古い町家が軒を連ね、当時の面影を感じさせる小道が続いています。 2. 岩村田宿(いわむらだしゅく) 小田井宿からほど近い場所にあるのが、岩村田宿(いわむらだしゅく)です。 岩村田宿は、中山道の中でも特に賑わった宿場の一つであり、佐久市の中心部に位置しています。かつての城下町でもあった岩村田は、宿場町としての役割に加え、商業や行政の中心地としても栄えました。現在も岩村田は佐久の中でも中心的な存在で、学校、警察署、病院、商業施設、そして商店街などで賑わっています。 3. 塩名田宿(しおなだしゅく) 塩名田宿(しおなだしゅく)は、岩村田宿から中山道をさらに西へ進んだところに位置する宿場です。塩名田宿は中山道の中でも比較的規模の小さな宿場でしたが、交通の要所としての役割を果たしていました。 塩名田宿の特徴は、宿場町特有の静けさと落ち着きと言われています。現在では当時の建物は少なくなりましたが、塩名田宿の名残を感じさせる石碑や旧家がいくつか残っています。 4. 八幡宿(やわたしゅく) 塩名田宿からさらに進むと到着するのが、八幡宿(やわたしゅく)です。 八幡宿は中山道の宿場町の中でも戦略的に重要な位置にあり、かつては多くの武士や商人が利用したそうです。宿場名の由来となった「八幡神社」は、古くから地域の守護神として信仰されてきたそうです。 現在も八幡宿周辺には、宿場町らしい面影が残っており、八幡神社の境内は地域の人々に大切にされています。八幡神社では、年中行事や祭りが行われ、地元の伝統文化に触れることができます。 現在は五郎兵衛米で知られる浅科地区として浅科支所や小学校、中学校などが位置しています。 5. 望月宿(もちづきしゅく)...
歴史が息づく中山道・佐久の宿場町めぐり
こんにちは。プラザ佐久です。 佐久市には魅力的な場所がたくさんありますが、中でも「中山道6つの宿場」としても知られています。 小田井宿・岩村田宿・塩名田宿・八幡宿・望月宿・茂田井間の宿 今回は、今なお歴史の息吹を感じられる場所として知られている、この中山道6つの宿場についてご紹介させていただきます。 中山道とは? まずはじめに、中山道とは江戸時代に整備された五街道の一つで、京都と江戸を結ぶ全長約530kmの主要街道のことです。 東海道と並ぶ重要な幹線道路であり、内陸の山間部を越える難所が多かったことから、"山の道"とも呼ばれていたそうです。 中山道には69の宿場が設けられ、旅人たちが宿泊や休息を取るために利用しました。 そのうちの6か所、6つの宿場が佐久市内にあります。 1. 小田井宿(おたいしゅく) 江戸から見て、佐久市内にある最初の宿場が小田井宿(おたいしゅく)です。 佐久市東部に位置し、中山道の起点ともいえる場所です。小田井宿は中山道と小県郡方面に向かう別街道との分岐点に位置し、多くの旅人が行き交う交通の要衝として栄えました。 現在は佐久インターから北に位置しており、「小田井」という地名も残っています。ヤッホーブルーイング佐久醸造所やスキーガーデンパラダなどが近くにあり、御代田町が隣接しています。今なお宿場の風情を感じる街並みが残っており、古い町家が軒を連ね、当時の面影を感じさせる小道が続いています。 2. 岩村田宿(いわむらだしゅく) 小田井宿からほど近い場所にあるのが、岩村田宿(いわむらだしゅく)です。 岩村田宿は、中山道の中でも特に賑わった宿場の一つであり、佐久市の中心部に位置しています。かつての城下町でもあった岩村田は、宿場町としての役割に加え、商業や行政の中心地としても栄えました。現在も岩村田は佐久の中でも中心的な存在で、学校、警察署、病院、商業施設、そして商店街などで賑わっています。 3. 塩名田宿(しおなだしゅく) 塩名田宿(しおなだしゅく)は、岩村田宿から中山道をさらに西へ進んだところに位置する宿場です。塩名田宿は中山道の中でも比較的規模の小さな宿場でしたが、交通の要所としての役割を果たしていました。 塩名田宿の特徴は、宿場町特有の静けさと落ち着きと言われています。現在では当時の建物は少なくなりましたが、塩名田宿の名残を感じさせる石碑や旧家がいくつか残っています。 4. 八幡宿(やわたしゅく) 塩名田宿からさらに進むと到着するのが、八幡宿(やわたしゅく)です。 八幡宿は中山道の宿場町の中でも戦略的に重要な位置にあり、かつては多くの武士や商人が利用したそうです。宿場名の由来となった「八幡神社」は、古くから地域の守護神として信仰されてきたそうです。 現在も八幡宿周辺には、宿場町らしい面影が残っており、八幡神社の境内は地域の人々に大切にされています。八幡神社では、年中行事や祭りが行われ、地元の伝統文化に触れることができます。 現在は五郎兵衛米で知られる浅科地区として浅科支所や小学校、中学校などが位置しています。 5. 望月宿(もちづきしゅく)...
お中元・お歳暮・お土産にオススメの商品をご紹介
こんにちは。プラザ佐久です。 今回はお中元やお歳暮、お土産といったギフトにオススメの商品を、主なジャンル別にご紹介させていただきます! ※掲載は順不同です。当店における人気順、売上順等といった要素はございません お菓子 モンドウル田村屋「信濃日記」 第19回全国菓子博覧会「全菓博大賞」を受賞した、田村屋さんの「信濃日記」。 美味しさはもちろんのこと、県内外に信州のおみやげと誇れる逸品です。 食べきりサイズなのもギフトなどでお渡しする際に喜ばれており、信州のあんずジャムとブルーベリークリームをバウムクーヘンで包んだ14本詰め合わせが一番人気となっています! プラザ佐久の店舗はもちろん、今年開設したばかりの当店(オンラインストア)でもご注文をいただいています。 購入はこちら 和泉屋菓子店「浅間山」10個入 おいしい小倉餡に求肥をしのばせた、素朴で郷愁をそそる味わいです。 佐久平産のお米を使用して練り上げた求肥を、北海道小豆を使用した小倉餡で包み、焼き皮をかぶせた一品。 和菓子や甘いものがお好きな方には間違いない逸品です。 購入はこちら 清水屋「鯉サブレ」 千曲川の清流で育つ佐久の名産「佐久鯉」にちなんでつくられたサブレです。 バター味豊かで香ばしくサクッとした軽い口当たりが人気のロングセラー商品です。 個包装されており、10・20・30枚入りから選べるので、贈り先や予算に合わせて調整できるのも嬉しいポイントですね。 購入はこちら 食べ物 太成食品「信州漬物 のざわな漬」 信州といえば、やっぱり野沢菜! 素材にこだわり、地元・佐久市の工場でつくった野沢菜漬です。冬場の食卓、食後のお茶の時間には必ず登場する定番品です。 他にもピリッと辛いわさび風味やべっ甲漬も取り扱っています。 お食事はもちろん、お酒のお供にもピッタリです。 購入はこちら 木内麺業 信州佐久平 生そば...
お中元・お歳暮・お土産にオススメの商品をご紹介
こんにちは。プラザ佐久です。 今回はお中元やお歳暮、お土産といったギフトにオススメの商品を、主なジャンル別にご紹介させていただきます! ※掲載は順不同です。当店における人気順、売上順等といった要素はございません お菓子 モンドウル田村屋「信濃日記」 第19回全国菓子博覧会「全菓博大賞」を受賞した、田村屋さんの「信濃日記」。 美味しさはもちろんのこと、県内外に信州のおみやげと誇れる逸品です。 食べきりサイズなのもギフトなどでお渡しする際に喜ばれており、信州のあんずジャムとブルーベリークリームをバウムクーヘンで包んだ14本詰め合わせが一番人気となっています! プラザ佐久の店舗はもちろん、今年開設したばかりの当店(オンラインストア)でもご注文をいただいています。 購入はこちら 和泉屋菓子店「浅間山」10個入 おいしい小倉餡に求肥をしのばせた、素朴で郷愁をそそる味わいです。 佐久平産のお米を使用して練り上げた求肥を、北海道小豆を使用した小倉餡で包み、焼き皮をかぶせた一品。 和菓子や甘いものがお好きな方には間違いない逸品です。 購入はこちら 清水屋「鯉サブレ」 千曲川の清流で育つ佐久の名産「佐久鯉」にちなんでつくられたサブレです。 バター味豊かで香ばしくサクッとした軽い口当たりが人気のロングセラー商品です。 個包装されており、10・20・30枚入りから選べるので、贈り先や予算に合わせて調整できるのも嬉しいポイントですね。 購入はこちら 食べ物 太成食品「信州漬物 のざわな漬」 信州といえば、やっぱり野沢菜! 素材にこだわり、地元・佐久市の工場でつくった野沢菜漬です。冬場の食卓、食後のお茶の時間には必ず登場する定番品です。 他にもピリッと辛いわさび風味やべっ甲漬も取り扱っています。 お食事はもちろん、お酒のお供にもピッタリです。 購入はこちら 木内麺業 信州佐久平 生そば...
佐久が持つ信州の定番観光地とは異なる魅力とは?
こんにちは。プラザ佐久です。 今回は信州(長野県)あるいは全国を俯瞰しながら、佐久の魅力をお伝えできればと思います。 信州の観光地といえば善光寺(長野市)、松本城(松本市)、諏訪湖(諏訪市)、軽井沢、白馬村といった「定番・王道」といえる観光スポットが数多くあります。 こうした観光地は全国あるいは世界中から多くの観光客が訪れ、その土地に魅了されて移住される方も少なくないでしょう。一方で、近年は信州に限らず全国の観光地において「オーバーツーリズム」が地域課題となりつつあります。 特定の観光地に訪問客が著しく増加することで、地域住民の生活や自然環境に影響を及ぼしたり、観光客の満足度も低下してしまう。本来、観光客にたくさんお越しいただくことはポジティブなことですが、それも限度を超えてしまうとネガティブな要素も顕在化してしまい、難しいところです。 新型コロナウイルスのまん延と、収束後の反動もあり、特に近年は観光客の急上昇に観光地が追いついていない、そのような状況も起きているように感じます。 こうした状況もあり、いわゆる「定番の観光地を外した旅行」も徐々に注目され始めています。 定番の観光地とは違った魅力を持つ佐久 佐久市は観光地と居住地、双方の側面を持っている都市ではないかと感じています。 居住地としての佐久 佐久平駅を中心に商業施設や住宅が増加しており、移住者も増加傾向にあります。前回の記事でご紹介しましたが、佐久市は2005年に旧佐久市、臼田町、浅科村、望月町が合併して誕生しました。 それぞれの地域が持つ魅力や文化を継承し、もともと佐久にお住いの方と移り住んできた方が交わり発展を続けています。 佐久は日照時間の長さや平均標高の高さなど気候に恵まれており、住みやすい都市として注目されています。 北陸新幹線や高速道路によって東京あるいは長野・新潟方面へのアクセスもしやすく、軽井沢や上田、小諸など周辺地域とも連携がしやすい立地も魅力です。北陸新幹線は福井県・敦賀駅まで延伸したことも大きな話題となっています。 観光地としての佐久 一方で、観光地としては「定番で全国的にも知られている」とは言えないかもしれませんが、だからこその魅力もたくさんあるように感じます。 極端な混雑はしづらい 佐久に限りませんが、定番の観光地とは異なる最大の魅力は混雑状況ではないでしょうか。 商業施設、飲食店、宿泊施設など、多くの人が訪れる場所においても、極端に混雑して不快な思いをすることは、佐久ではほとんど無いはずです。 もちろん今後さらに注目されて多くの方にお越しいただき、課題になる可能性もありますが、現時点ではポジティブに考えられる状況かと感じています。 お車でのドライブはもちろん、自転車を持ってきたり、借りたりしてサイクリングを楽しむのもオススメです。特に佐久市内は広い道路が多い傾向にあり、渋滞や混雑も朝夕の通勤時間帯を除けば比較的緩やかだと思います。 四季折々の美しさ 佐久市は、四季折々の自然の美しさが楽しめる場所です。周囲を山々に囲まれ、広大な平野が広がっており、季節ごとに異なる風景を楽しむことができます。 春は桜と新緑の季節 春の佐久市は、桜の名所が各地にあります。中でも龍岡城五稜郭では、お堀に沿って植えられた桜が見事に咲き誇り、ソメイヨシノだけでなく紅山桜もあるため、長期間花見を楽しむことができます。 夏は隠れた避暑地の名所 夏の佐久市は、標高の高さもあり、避暑地として快適に過ごすことができます。軽井沢がお隣だけあって、避暑地として滞在いただくのはオススメです。 近年は厳しい猛暑で最高気温が35℃に達する日も少なくないのは事実ですが、朝晩は涼しくなるのがポイントです。気象観測開始以来、熱帯夜を記録したことが無いのは大きな強みといえます。 秋は美しい紅葉と収穫の時期 秋になると、佐久市は紅葉の美しさが際立ちます。中でも「中山道望月宿」や「浅間山の麓」など、歴史的な町並みと紅葉のコントラストが見事な風景を作り出します。さらに、佐久市は農業も盛んで、秋は収穫のシーズン。地元で採れた新鮮な野菜や果物、特に佐久市名物の「佐久鯉」などを味わえるグルメツアーも楽しめます。...
佐久が持つ信州の定番観光地とは異なる魅力とは?
こんにちは。プラザ佐久です。 今回は信州(長野県)あるいは全国を俯瞰しながら、佐久の魅力をお伝えできればと思います。 信州の観光地といえば善光寺(長野市)、松本城(松本市)、諏訪湖(諏訪市)、軽井沢、白馬村といった「定番・王道」といえる観光スポットが数多くあります。 こうした観光地は全国あるいは世界中から多くの観光客が訪れ、その土地に魅了されて移住される方も少なくないでしょう。一方で、近年は信州に限らず全国の観光地において「オーバーツーリズム」が地域課題となりつつあります。 特定の観光地に訪問客が著しく増加することで、地域住民の生活や自然環境に影響を及ぼしたり、観光客の満足度も低下してしまう。本来、観光客にたくさんお越しいただくことはポジティブなことですが、それも限度を超えてしまうとネガティブな要素も顕在化してしまい、難しいところです。 新型コロナウイルスのまん延と、収束後の反動もあり、特に近年は観光客の急上昇に観光地が追いついていない、そのような状況も起きているように感じます。 こうした状況もあり、いわゆる「定番の観光地を外した旅行」も徐々に注目され始めています。 定番の観光地とは違った魅力を持つ佐久 佐久市は観光地と居住地、双方の側面を持っている都市ではないかと感じています。 居住地としての佐久 佐久平駅を中心に商業施設や住宅が増加しており、移住者も増加傾向にあります。前回の記事でご紹介しましたが、佐久市は2005年に旧佐久市、臼田町、浅科村、望月町が合併して誕生しました。 それぞれの地域が持つ魅力や文化を継承し、もともと佐久にお住いの方と移り住んできた方が交わり発展を続けています。 佐久は日照時間の長さや平均標高の高さなど気候に恵まれており、住みやすい都市として注目されています。 北陸新幹線や高速道路によって東京あるいは長野・新潟方面へのアクセスもしやすく、軽井沢や上田、小諸など周辺地域とも連携がしやすい立地も魅力です。北陸新幹線は福井県・敦賀駅まで延伸したことも大きな話題となっています。 観光地としての佐久 一方で、観光地としては「定番で全国的にも知られている」とは言えないかもしれませんが、だからこその魅力もたくさんあるように感じます。 極端な混雑はしづらい 佐久に限りませんが、定番の観光地とは異なる最大の魅力は混雑状況ではないでしょうか。 商業施設、飲食店、宿泊施設など、多くの人が訪れる場所においても、極端に混雑して不快な思いをすることは、佐久ではほとんど無いはずです。 もちろん今後さらに注目されて多くの方にお越しいただき、課題になる可能性もありますが、現時点ではポジティブに考えられる状況かと感じています。 お車でのドライブはもちろん、自転車を持ってきたり、借りたりしてサイクリングを楽しむのもオススメです。特に佐久市内は広い道路が多い傾向にあり、渋滞や混雑も朝夕の通勤時間帯を除けば比較的緩やかだと思います。 四季折々の美しさ 佐久市は、四季折々の自然の美しさが楽しめる場所です。周囲を山々に囲まれ、広大な平野が広がっており、季節ごとに異なる風景を楽しむことができます。 春は桜と新緑の季節 春の佐久市は、桜の名所が各地にあります。中でも龍岡城五稜郭では、お堀に沿って植えられた桜が見事に咲き誇り、ソメイヨシノだけでなく紅山桜もあるため、長期間花見を楽しむことができます。 夏は隠れた避暑地の名所 夏の佐久市は、標高の高さもあり、避暑地として快適に過ごすことができます。軽井沢がお隣だけあって、避暑地として滞在いただくのはオススメです。 近年は厳しい猛暑で最高気温が35℃に達する日も少なくないのは事実ですが、朝晩は涼しくなるのがポイントです。気象観測開始以来、熱帯夜を記録したことが無いのは大きな強みといえます。 秋は美しい紅葉と収穫の時期 秋になると、佐久市は紅葉の美しさが際立ちます。中でも「中山道望月宿」や「浅間山の麓」など、歴史的な町並みと紅葉のコントラストが見事な風景を作り出します。さらに、佐久市は農業も盛んで、秋は収穫のシーズン。地元で採れた新鮮な野菜や果物、特に佐久市名物の「佐久鯉」などを味わえるグルメツアーも楽しめます。...
佐久市の成り立ちと現在
こんにちは。プラザ佐久です。 今回は佐久市の歴史の中でも大きな出来事である、合併を含めた成り立ちについてご紹介させていただきます。 長野県の東部に位置する佐久市は、広大な自然と豊かな歴史に恵まれた地域です。古くから交通の要衝として栄え、歴史的にも重要な役割を果たしてきました。 現在では、農業、商業、観光などさまざまな産業が発展。自然の美しさと共に、高速道路や新幹線の開通によって佐久市は現代的な都市機能も備えた、住みやすい地域となっていると言われています。 佐久市は、旧佐久市と周辺町村の合併によって現在の形になりました。それぞれの地域には独自の歴史や特徴があり、その多様性が佐久市全体の魅力をさらに豊かなものにしていると言えるでしょう。 合併による新・佐久市の誕生 現在の佐久市は、2005年に旧佐久市、臼田町、浅科村、望月町が合併して誕生しました。それぞれの町村は異なる歴史と特徴を持っており、合併後も各地域の文化や特性を大切にしながら発展を続けています。 旧佐久市 自然と共に歩んできた伝統的な町 旧佐久市は、佐久平と呼ばれる平野に広がる町であり、農業が主な産業でした。特に、米や野菜の栽培が盛んで、佐久平の農作物は高い評価を受けています。さらに、佐久鯉や日本酒など、伝統的な特産品もこの地域の誇りです。 旧佐久市の中心部は、商業の発展が進んだ地域でもあります。北陸新幹線の開通によって東京とのアクセスが良好になったことから、商業施設や住宅が増え、現代的な都市機能が整備されました。 臼田町 医療の中心地 臼田町は、佐久市の南部に位置する地域で、特に医療分野での発展が特徴的です。臼田には佐久総合病院があり、日本あるいは世界的にみても地域医療の先進的な取り組みが進められていると言われています。佐久総合病院は、農村部における医療と健康管理のモデルケースとして、国内外から注目されているそうです。 また、臼田町は千曲川沿いに広がる自然豊かな地域でもあり、川や山の景観、あるいは夜空に広がる星々が美しい場所です。臼田地区の自然は、訪れる人々に癒しを与えるスポットとして人気があります。 浅科村 伝統文化と美しい田園風景 浅科村は、佐久市の北部に位置する地域で、伝統的な農業が根強く残っています。浅科村では古くから稲作や畑作を行い、地域の農業文化がしっかりと根付いています。また、浅科村は山々に囲まれた風光明媚な地形が特徴で、田園風景と美しい自然が調和した場所です。 浅科といえば『五郎兵衛米』佐久の五郎兵衛新田村(現在の佐久市甲地区)で生産されるお米のことで、こしひかりが中心となっています。粘りと甘みが強く、炊きたてはもちろん、冷めても美味しいのが魅力的。日本でも珍しい硬質米に分類されるそうで、生産量が希少なため「幻の米」として高級料亭などで利用されることもあるそうです。 また、冬季限定の『矢島の凍み豆腐』も浅科ならではの伝統文化。浅科の矢島地区では古くから各家庭で手づくりされてきたそうで、手間と生産者の減少から"幻の食材"となりつつあるそうですが、伝統製法の自然凍結・乾燥によってきめ細かい舌触りに仕上がり、今も変わらない冬の伝統食として親しまれています。 望月町 駒の里・風情ある街並み 望月町は、佐久市の西部に位置しています。 かつて平安時代には馬の産地として栄えました。馬を税として献上したところ、朝廷で評判となり、勅旨牧(ちょくしまき)という朝廷(天皇)の直轄牧場となったそうです。信濃国で最大(日本最大)の勅旨牧として繁栄。望月から献上された馬は『望月の駒』としてブランド化し、多くの歌人にも和歌によまれています。 さらには信濃国の望月宿としても栄えました。歴史的には中山道の宿場町として機能し、多くの旅人が行き交う場所でした。このため、今でも歴史を感じさせる建物や風景が残っています。 また、『駒の里』として栄えたこともあり、町の至る所に馬の絵やモチーフが見られます。藁で作る「藁馬」も伝統的な文化・工芸品となっており、佐久市役所望月支所をはじめ、様々な施設で飾られていたり、その製法を後世に伝える活動も行なわれています。 佐久市の現在 自然と共存する現代都市 合併によって誕生した佐久市は、都市機能の充実と自然との共存がうまく調和している街といえるのではないでしょうか。 北陸新幹線が停車する佐久平駅を中心に、商業施設や住宅が増加し、小学校から高校まで教育機関も充実しています。...
佐久市の成り立ちと現在
こんにちは。プラザ佐久です。 今回は佐久市の歴史の中でも大きな出来事である、合併を含めた成り立ちについてご紹介させていただきます。 長野県の東部に位置する佐久市は、広大な自然と豊かな歴史に恵まれた地域です。古くから交通の要衝として栄え、歴史的にも重要な役割を果たしてきました。 現在では、農業、商業、観光などさまざまな産業が発展。自然の美しさと共に、高速道路や新幹線の開通によって佐久市は現代的な都市機能も備えた、住みやすい地域となっていると言われています。 佐久市は、旧佐久市と周辺町村の合併によって現在の形になりました。それぞれの地域には独自の歴史や特徴があり、その多様性が佐久市全体の魅力をさらに豊かなものにしていると言えるでしょう。 合併による新・佐久市の誕生 現在の佐久市は、2005年に旧佐久市、臼田町、浅科村、望月町が合併して誕生しました。それぞれの町村は異なる歴史と特徴を持っており、合併後も各地域の文化や特性を大切にしながら発展を続けています。 旧佐久市 自然と共に歩んできた伝統的な町 旧佐久市は、佐久平と呼ばれる平野に広がる町であり、農業が主な産業でした。特に、米や野菜の栽培が盛んで、佐久平の農作物は高い評価を受けています。さらに、佐久鯉や日本酒など、伝統的な特産品もこの地域の誇りです。 旧佐久市の中心部は、商業の発展が進んだ地域でもあります。北陸新幹線の開通によって東京とのアクセスが良好になったことから、商業施設や住宅が増え、現代的な都市機能が整備されました。 臼田町 医療の中心地 臼田町は、佐久市の南部に位置する地域で、特に医療分野での発展が特徴的です。臼田には佐久総合病院があり、日本あるいは世界的にみても地域医療の先進的な取り組みが進められていると言われています。佐久総合病院は、農村部における医療と健康管理のモデルケースとして、国内外から注目されているそうです。 また、臼田町は千曲川沿いに広がる自然豊かな地域でもあり、川や山の景観、あるいは夜空に広がる星々が美しい場所です。臼田地区の自然は、訪れる人々に癒しを与えるスポットとして人気があります。 浅科村 伝統文化と美しい田園風景 浅科村は、佐久市の北部に位置する地域で、伝統的な農業が根強く残っています。浅科村では古くから稲作や畑作を行い、地域の農業文化がしっかりと根付いています。また、浅科村は山々に囲まれた風光明媚な地形が特徴で、田園風景と美しい自然が調和した場所です。 浅科といえば『五郎兵衛米』佐久の五郎兵衛新田村(現在の佐久市甲地区)で生産されるお米のことで、こしひかりが中心となっています。粘りと甘みが強く、炊きたてはもちろん、冷めても美味しいのが魅力的。日本でも珍しい硬質米に分類されるそうで、生産量が希少なため「幻の米」として高級料亭などで利用されることもあるそうです。 また、冬季限定の『矢島の凍み豆腐』も浅科ならではの伝統文化。浅科の矢島地区では古くから各家庭で手づくりされてきたそうで、手間と生産者の減少から"幻の食材"となりつつあるそうですが、伝統製法の自然凍結・乾燥によってきめ細かい舌触りに仕上がり、今も変わらない冬の伝統食として親しまれています。 望月町 駒の里・風情ある街並み 望月町は、佐久市の西部に位置しています。 かつて平安時代には馬の産地として栄えました。馬を税として献上したところ、朝廷で評判となり、勅旨牧(ちょくしまき)という朝廷(天皇)の直轄牧場となったそうです。信濃国で最大(日本最大)の勅旨牧として繁栄。望月から献上された馬は『望月の駒』としてブランド化し、多くの歌人にも和歌によまれています。 さらには信濃国の望月宿としても栄えました。歴史的には中山道の宿場町として機能し、多くの旅人が行き交う場所でした。このため、今でも歴史を感じさせる建物や風景が残っています。 また、『駒の里』として栄えたこともあり、町の至る所に馬の絵やモチーフが見られます。藁で作る「藁馬」も伝統的な文化・工芸品となっており、佐久市役所望月支所をはじめ、様々な施設で飾られていたり、その製法を後世に伝える活動も行なわれています。 佐久市の現在 自然と共存する現代都市 合併によって誕生した佐久市は、都市機能の充実と自然との共存がうまく調和している街といえるのではないでしょうか。 北陸新幹線が停車する佐久平駅を中心に、商業施設や住宅が増加し、小学校から高校まで教育機関も充実しています。...
佐久鯉の歴史と魅力
今回は当ストアでも取り扱っている「佐久鯉」についてです。 佐久には様々な特産品がありますが、その中でも全国的な知名度があるといえるのが佐久鯉ではないでしょうか。 そこで今回は佐久鯉の歴史(起源)と魅力についてまとめていきたいと思います。 佐久鯉の起源 佐久鯉の歴史は佐久の豊かな自然環境と共に始まります。 佐久市は長野県東部に位置し、清流の千曲川や、その支流が流れる自然豊かな地域です。この地での鯉の養殖は江戸時代にさかのぼるそうです。当時、農村地域での食料供給の一環として、鯉の養殖が盛んに行われるようになりました。これが佐久鯉の起源です。江戸時代中期には田んぼのあぜ道や、ため池を利用して鯉を育てるようになったそうで、農閑期の副業として取り組まれていたともいわれています。清らかな水と豊富な水源に恵まれた佐久市は鯉の生育に最適な環境であり、身の締まった美味しい鯉の養殖に成功します。 佐久鯉の発展 明治から昭和にかけて鯉の養殖技術が飛躍的に進歩したことで、佐久鯉の発展期を迎えます。特に戦後の高度経済成長期には佐久の鯉養殖業は大きな成長を遂げました。養殖業者たちは品種改良と育成技術の向上に力を注ぎ、鯉の品評会や展示会が開催されるようになると、日本一の称号を得ることもあったそうです。 全国一の生産量を誇ったこともあり、佐久鯉の品質が広く知られるようになり、全国の愛好者や養殖業者から高い評価を受けました。 2008年(平成20年)には特許庁より地域団体商標登録の認定を受け、名実ともに全国的なブランドとして多くの人々に知られる存在となりました。 佐久鯉の魅力 佐久鯉は5~15歳の親鯉が5月中旬に産卵し、孵化した稚魚は1~3g程度になると溜池で飼育されるそうです。 その年の11月に50~100g程度になった「当歳鯉」は池に移され越冬し、3年目に1~1.5kgほどで出荷されるそうです。 他の産地の鯉は通常2年ほどで出荷されるそうですが、佐久鯉は冷たい流水で飼育されるため成長が遅く、その分だけ飼育日数がかかるため、出荷できるまでに時間がかかります。それだけに臭みもなく、身が引き締まり、脂肪が適度に乗った美味しい肉質となります。 一般的に鯉は観賞用として知られているので、食用としてのイメージは臭い・まずいといったネガティブな印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、佐久鯉はこのように佐久の風土を生かして生産されているため、想像以上に臭みは感じないはずです。 佐久鯉の食べ方 佐久鯉の食べ方は洗い(刺身)・鯉こく・うま煮・塩焼きなど様々です。 中でも佐久鯉のうま味や弾力ある食感を楽しめるのは洗い(刺身)ではないでしょうか。臭みがほとんどない佐久鯉だからこそ、できる食べ方です。 もちろん煮込んだり焼いたりしても絶品。飲食店や旅館で提供されるのはもちろん、市内のスーパーでは加工された状態の洗い(刺身)も日常的に販売されています。 捌ける方であれば、佐久鯉を丸々スーパーなどで購入して自宅で楽しむこともできます。 うま煮や鯉こくなど加工された商品も市内の様々なお店で販売していますので、お土産(ギフト)にもよく選ばれています。 プラザ佐久でも店頭はもちろん、こちらのオンラインストアでもお買い求めいただけます。 まだ食べたことが無いという方は、ぜひ一度、佐久鯉を召し上がってみてください。
佐久鯉の歴史と魅力
今回は当ストアでも取り扱っている「佐久鯉」についてです。 佐久には様々な特産品がありますが、その中でも全国的な知名度があるといえるのが佐久鯉ではないでしょうか。 そこで今回は佐久鯉の歴史(起源)と魅力についてまとめていきたいと思います。 佐久鯉の起源 佐久鯉の歴史は佐久の豊かな自然環境と共に始まります。 佐久市は長野県東部に位置し、清流の千曲川や、その支流が流れる自然豊かな地域です。この地での鯉の養殖は江戸時代にさかのぼるそうです。当時、農村地域での食料供給の一環として、鯉の養殖が盛んに行われるようになりました。これが佐久鯉の起源です。江戸時代中期には田んぼのあぜ道や、ため池を利用して鯉を育てるようになったそうで、農閑期の副業として取り組まれていたともいわれています。清らかな水と豊富な水源に恵まれた佐久市は鯉の生育に最適な環境であり、身の締まった美味しい鯉の養殖に成功します。 佐久鯉の発展 明治から昭和にかけて鯉の養殖技術が飛躍的に進歩したことで、佐久鯉の発展期を迎えます。特に戦後の高度経済成長期には佐久の鯉養殖業は大きな成長を遂げました。養殖業者たちは品種改良と育成技術の向上に力を注ぎ、鯉の品評会や展示会が開催されるようになると、日本一の称号を得ることもあったそうです。 全国一の生産量を誇ったこともあり、佐久鯉の品質が広く知られるようになり、全国の愛好者や養殖業者から高い評価を受けました。 2008年(平成20年)には特許庁より地域団体商標登録の認定を受け、名実ともに全国的なブランドとして多くの人々に知られる存在となりました。 佐久鯉の魅力 佐久鯉は5~15歳の親鯉が5月中旬に産卵し、孵化した稚魚は1~3g程度になると溜池で飼育されるそうです。 その年の11月に50~100g程度になった「当歳鯉」は池に移され越冬し、3年目に1~1.5kgほどで出荷されるそうです。 他の産地の鯉は通常2年ほどで出荷されるそうですが、佐久鯉は冷たい流水で飼育されるため成長が遅く、その分だけ飼育日数がかかるため、出荷できるまでに時間がかかります。それだけに臭みもなく、身が引き締まり、脂肪が適度に乗った美味しい肉質となります。 一般的に鯉は観賞用として知られているので、食用としてのイメージは臭い・まずいといったネガティブな印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、佐久鯉はこのように佐久の風土を生かして生産されているため、想像以上に臭みは感じないはずです。 佐久鯉の食べ方 佐久鯉の食べ方は洗い(刺身)・鯉こく・うま煮・塩焼きなど様々です。 中でも佐久鯉のうま味や弾力ある食感を楽しめるのは洗い(刺身)ではないでしょうか。臭みがほとんどない佐久鯉だからこそ、できる食べ方です。 もちろん煮込んだり焼いたりしても絶品。飲食店や旅館で提供されるのはもちろん、市内のスーパーでは加工された状態の洗い(刺身)も日常的に販売されています。 捌ける方であれば、佐久鯉を丸々スーパーなどで購入して自宅で楽しむこともできます。 うま煮や鯉こくなど加工された商品も市内の様々なお店で販売していますので、お土産(ギフト)にもよく選ばれています。 プラザ佐久でも店頭はもちろん、こちらのオンラインストアでもお買い求めいただけます。 まだ食べたことが無いという方は、ぜひ一度、佐久鯉を召し上がってみてください。
佐久市の人口推移と平均寿命
こんにちは。プラザ佐久です。 前回の記事で佐久の歴史を簡単にまとめてみましたが、その中でも交通インフラ(特に高速道路と新幹線)の整備によって、観光客やビジネス利用者だけでなく、実際に佐久に移り住む(いわゆる移住)傾向についても触れました。 そこで今回は、より具体的に佐久市の人口推移をみながら街の発展を考えていきたいと思います。 佐久市の人口推移 前回の歴史における記事でも触れましたが、昭和から平成にかけての佐久市は、日本全体の高度経済成長も相まって人口は増加しました。1985年(昭和60年)の人口は59,820人。戦後の復興期であり、農業を中心に地域経済が発展し始めた時期といわれています。その後は工業化の進展に伴い、農業だけでなく工業分野でも働く人々が増加しました。 2000年(平成12年)の人口は66,463人と増加しており、この傾向は2010年(平成22年)まで続いていきます。 なお、この頃はまだ臼田町・浅科村・望月町が合併されていない、いわゆる「旧佐久市」であり、浅間・野沢・中込・東地区の合計となっています。 臼田町・浅科村・望月町との合併 佐久市の人口推移を見ていく中で重要な出来事があります。 2005年(平成17年)4月1日に臼田町・浅科村・望月町と合併し、これが現在の「佐久市」となっています。 旧佐久市からの浅間・野沢・中込・東地区に加え、臼田・浅科・望月地区も合わせた2005年(平成17年)4月1日時点での人口は101,393人となり、自治体としての規模は一気に大きくなりました。 その後も10万人を少し超える推移をしてきましたが、2012年頃から少しずつ減少傾向となっていき、2024年(令和6年)4月1日時点の最新データでは97,451人となっています。 ※人口データは佐久市役所のホームページに掲載の「住民基本台帳に基づく行政区別(男女別)人口及び世帯数」を参照 佐久市の平均寿命と健康寿命 2021年時点で男性の平均寿命が82.3歳、健康寿命は80.9歳。女性の平均寿命が88.5歳、健康寿命は85.5歳となっているそうです。 ※佐久市高齢者福祉課の資料より 昭和30年代、脳卒中死亡率が高いことが佐久市の健康課題であり、医療との連携による保健事業の取り組みを市が積極的に行ないました。その結果、平成2年の国勢調査の結果では当時全国663市の中で、佐久市は男性の平均寿命78.4歳で第1位、女性は83.7歳で第11位となりました。 その後も前述の通り平均寿命・健康寿命ともに伸びているようです。 合言葉は「ぴんころ」 佐久市では「ぴんころ」という言葉がよく使われています。健康のまま天寿を全うする意味の”ピン・ピン・コロリ”にあやかっており、平成19年頃から様々な事業や取り組みが行なわれています。 長寿の秘訣は一概に言えませんが、佐久の恵まれた気候(日照時間の長さ)や真夏においても熱帯夜を記録したことがないといった過ごしやすさ。あるいは就労や農作業等で身体を動かし続けることなど、佐久で暮らす皆様が自然と元気で長生きできる生活をしている賜物と考えられます。 また、佐久市内にある佐久総合病院(佐久医療センター)と佐久市立国保浅間総合病院、2つの大型病院を中心とした医療体制の充実も特色の1つです。 今後、佐久市が大幅に人口増加していく可能性は考えづらい一方で、市内の施設や環境は充実してきており、交通インフラも細かく整備されています。もちろん地域課題もありますが、住みやすい街として今後も市民の生活を支えていくことでしょう。
佐久市の人口推移と平均寿命
こんにちは。プラザ佐久です。 前回の記事で佐久の歴史を簡単にまとめてみましたが、その中でも交通インフラ(特に高速道路と新幹線)の整備によって、観光客やビジネス利用者だけでなく、実際に佐久に移り住む(いわゆる移住)傾向についても触れました。 そこで今回は、より具体的に佐久市の人口推移をみながら街の発展を考えていきたいと思います。 佐久市の人口推移 前回の歴史における記事でも触れましたが、昭和から平成にかけての佐久市は、日本全体の高度経済成長も相まって人口は増加しました。1985年(昭和60年)の人口は59,820人。戦後の復興期であり、農業を中心に地域経済が発展し始めた時期といわれています。その後は工業化の進展に伴い、農業だけでなく工業分野でも働く人々が増加しました。 2000年(平成12年)の人口は66,463人と増加しており、この傾向は2010年(平成22年)まで続いていきます。 なお、この頃はまだ臼田町・浅科村・望月町が合併されていない、いわゆる「旧佐久市」であり、浅間・野沢・中込・東地区の合計となっています。 臼田町・浅科村・望月町との合併 佐久市の人口推移を見ていく中で重要な出来事があります。 2005年(平成17年)4月1日に臼田町・浅科村・望月町と合併し、これが現在の「佐久市」となっています。 旧佐久市からの浅間・野沢・中込・東地区に加え、臼田・浅科・望月地区も合わせた2005年(平成17年)4月1日時点での人口は101,393人となり、自治体としての規模は一気に大きくなりました。 その後も10万人を少し超える推移をしてきましたが、2012年頃から少しずつ減少傾向となっていき、2024年(令和6年)4月1日時点の最新データでは97,451人となっています。 ※人口データは佐久市役所のホームページに掲載の「住民基本台帳に基づく行政区別(男女別)人口及び世帯数」を参照 佐久市の平均寿命と健康寿命 2021年時点で男性の平均寿命が82.3歳、健康寿命は80.9歳。女性の平均寿命が88.5歳、健康寿命は85.5歳となっているそうです。 ※佐久市高齢者福祉課の資料より 昭和30年代、脳卒中死亡率が高いことが佐久市の健康課題であり、医療との連携による保健事業の取り組みを市が積極的に行ないました。その結果、平成2年の国勢調査の結果では当時全国663市の中で、佐久市は男性の平均寿命78.4歳で第1位、女性は83.7歳で第11位となりました。 その後も前述の通り平均寿命・健康寿命ともに伸びているようです。 合言葉は「ぴんころ」 佐久市では「ぴんころ」という言葉がよく使われています。健康のまま天寿を全うする意味の”ピン・ピン・コロリ”にあやかっており、平成19年頃から様々な事業や取り組みが行なわれています。 長寿の秘訣は一概に言えませんが、佐久の恵まれた気候(日照時間の長さ)や真夏においても熱帯夜を記録したことがないといった過ごしやすさ。あるいは就労や農作業等で身体を動かし続けることなど、佐久で暮らす皆様が自然と元気で長生きできる生活をしている賜物と考えられます。 また、佐久市内にある佐久総合病院(佐久医療センター)と佐久市立国保浅間総合病院、2つの大型病院を中心とした医療体制の充実も特色の1つです。 今後、佐久市が大幅に人口増加していく可能性は考えづらい一方で、市内の施設や環境は充実してきており、交通インフラも細かく整備されています。もちろん地域課題もありますが、住みやすい街として今後も市民の生活を支えていくことでしょう。